ASIBA
Community Design-LAB. は、どんな人のためのプログラムか
Creative-LAB.

Community Design-LAB. は、どんな人のためのプログラムか

この記事を開いてくれた方は、きっと「人が集まる場をつくりたい」と考えている人だと思います。

頭の中に、ぼんやりとした景色があるかもしれません。こんな人たちが集まって、こんな話をしていて、こんな空気が流れている。まだ誰にも説明できないけれど、確かにある景色。

このプログラムは、その景色を持っている人のためにつくりました。

はじめまして。Community Design-LAB. でコンテンツとプログラムの設計を担当している、一般社団法人ASIBAの坂元翔です。

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ASIBAは、次世代クリエイターの育成と創造的な社会変革を使命とする非営利組織です。建築・デザイン・アートの領域に軸足を置き、クリエイティブな視点で社会に挑戦したいと考えるメンバーが集まっています。東京・亀戸では YOHJOH kameido という拠点を運営し、そこを使ったインキュベーションとコミュニティづくりを、自分たち自身の実践として続けています。つまり私たちは、これを読んでいる多くの皆さんと同じように場をつくる難しさと日々向き合い、そのまっただ中にいます。

そんな私たちが、「企画パートナー」として参画し、東京都・NPO法人ETIC.とともに運営するのが、”Community Design-LAB.”です。

コミュニティをテーマにしたプログラムと聞くと、運営のノウハウを学ぶ場を想像されるかもしれません。人の集め方、続け方、盛り上げ方。3ヶ月あれば、ひととおり教われそうな気もします。

けれど、Community Design-LAB. はそういう場ではありません。

集客の方法も、SNSの運用も、場の運用方法も、リピーターを増やす仕掛けも、中心には置いていません。それらは検索すれば出てきます。うまくいっている場を3つ4つ見に行けば、パターンは見えてきます。必要になったとき、必要な分だけ学べばいい。

3ヶ月かけて一緒に磨きたいのは、その手前にあるものです。

なぜ、自分はその場をつくりたいのか。 なぜ、いまの社会にその場が必要なのか。

この問いに、自分の言葉で答えられるようになる。それがこのプログラムの目的です。

【ステートメント】

その場は、いつから「自分だけのもの」でなくなるのだろう。

コミュニティは、いろいろな目的を持った人が行き交う、街のようなもの。
 街は、誰か一人の作品ではない。


 けれど、誰かが最初の一軒を建てなければ、街ははじまらない。

だから、はじまりはいつも個人的でいい。
 「やりたい」も、偏りも、こだわりも、消さなくていい。

問題はその先にある。
 誰かのためになろうとしすぎると、自分の軸が薄れていく。
 自分の世界観だけを押し出せば、そこは自分の部屋のままになる。
 このねじれは、たぶん解けない。抱えたまま進むしかない。

一度きりの「いい場だった」を、また来たくなる関係に変えること。
 自分が招いた人同士が、自分の知らないところで話しはじめること。
 気づけば、誰かが勝手に次を企ててくれていること。

自分の問いからはじめた場を、みんなの問いにしていくこと。

自分の世界観を起点に、持続可能で、面白く、魅力的なコミュニティを作るには?

そんな問いに真剣に向き合ってみる3ヶ月を

一緒に過ごしてみませんか。

街は、誰か一人の作品ではない

ステートメントを書くとき、コミュニティを「街」に喩えました。

コミュニティは、いろいろな目的を持った人が行き交う、街のようなもの。 街は、誰か一人の作品ではない。 けれど、誰かが最初の一軒を建てなければ、街ははじまらない。

いい街には、必ず景色があります。その景色は、そこにいる無数の人たちの日々の営みが折り重なってできている。誰か一人が設計したわけではない。だから面白いし、だから予測がつかない。

けれど、その景色をよく見ていくと、最初に熱を持ち込んだ人がいることに気づきます。最初の一軒を建てた人。まだ何もない場所で「ここでこれをやる」と決めた人。その熱があったから、二軒目が建ち、三軒目が建った。

そして見逃せないのは、二軒目や三軒目を建てた人たちが、最初の一軒を見て、その温度を真似しているという点です。

コミュニティは命令ではつくれません。「もっと交流してください」と言って交流が生まれることはないし、「ここはこういう場です」と説明して空気を変えるのは難しい。人は説明ではなく、目の前にある温度を真似します。

だからこそ、一番はじめの源(ソース)となった人の濃さが効いてきます。

「コミュニティ観」を育もう

私はコミュニティに関心のある方からアドバイスを求められる際、しばしば「コミュニティ観」を磨こうとお伝えしています。

これは、コミュニティというものへの世界観、つまり「コミュニティ」という概念に対する自分なりの見立て、自分なりの意味づけのことです。コミュニティを何だと捉えているか。何のためにあると考えているか。どこまでを内側と呼び、どこからを外側とするか。その人の中にある、輪郭のある解釈。

コミュニティ観がある人がつくったコミュニティは、等しく思想性と一貫した体験を感じます。

規模の大小は関係ありません。参加者が5人でも、その場には一貫した手触りがある。何を大切にしていて、何を大切にしていないかが、言葉にされる前に伝わってくる。そこにいる人たちが、誰に言われるでもなく似たふるまいをはじめる。

逆に、コミュニティ観のない場は、どれだけ人が集まってもその体験価値は薄いままです。

イベントは成立している。人が集まる写真も撮れる。アンケートの満足度も悪くない。ただ、冷静に捉えてみると人と人がただ集合しネットワーキングしただけで、そこにコミュニティは存在しているといえるのか。主催者が動くのをやめた瞬間に、モメンタムは止まってしまう。

この差は、運営のスキルの差ではありません。

コミュニティマネジメントという仕事を分解すると、その実態はかなりの部分が一般的なビジネススキルの集合です。企画、進行、調整、広報、記録...などなど。どれも学べるし、外注もできる。

けれど、そこにコミュニティ観が掛け合わさったとき、自分が描いている世界観を、コミュニティというかたちで表現できるようになる。コミュニティという営みの面白さは、そこにあると考えています。

私には「コミュニティ観」なんてない?

ここまで読んで、そう感じた方もいるかもしれません。

安心してください。そう感じた人にこそ、来てほしいと思っています。

コミュニティ観は、持っている人と持っていない人に分かれるようなものではありません。多くの場合、それはまだ言葉になっていないだけです。

冒頭に書いた「まだ誰にも説明できないけれど、確かにある景色」。あれがすでに、あなたのコミュニティ観の原型です。行きつけの店に通う理由。居心地がいいと感じた場と、どうしても馴染めなかった場の違い。参加してよかったイベントの、何がよかったのか。誰にでも、そうした蓄積があります。ただ、それを取り出して並べ、自分の言葉で説明する機会がなかった。それだけです。

私自身にも、「あの失敗があったからコミュニティ観の重要性に気づいた」というような、わかりやすい転機はありません。いろいろな場をつくり、いろいろな場に参加し、観察し、考えているうちに、自然とそうなりました。

だからこそ言えることがあります。

コミュニティ観は、どこかで突然、身につくものではありません。

日々、場を見て、「なぜここには人がいるのか」「なぜこの人はまた来たのか」「なぜここでは会話がはじまるのに、あそこでははじまらないのか」を考え続けることで、少しずつ濃くなっていく。ある種の思考のトレーニングです。

そして、このトレーニングは一人ではやりにくい。

自分の場の中にいると、自分の場が見えなくなります。うまくいっていない理由も、うまくいっている理由も、内側からは同じ景色に見える。だから、他の実践者の観に触れ、自分の場を外から見てもらい、言語化を迫られる機会が要ります。

Community Design-LAB. には、その機会があります。

いま、コミュニティを扱う理由

なぜ私たちの社会は、こんなにもコミュニティが大事であるとされているのでしょうか。

近代化した社会が抱えている課題を並べていくと、コミュニティが絡まないものはほとんどありません。孤立、ケア、教育、まちの持続、働き方、文化の継承。どれも、人がどう集まり、どう関わり続けるかという問題を内側に含んでいます。

同時に、資本主義の進展とともに「コミュニティ」という言葉の語義は拡大してきました。地縁血縁の共同体から、オンラインサロン、ブランドのファンベースまで、あまりに多くのものがコミュニティと呼ばれるようになりました。言葉が広がりすぎて、輪郭を失っているとも言えます。

けれど、これを悲観してはいません。

語義が広がったのは、それだけ多くの領域で「人が集まる状態をどう設計するか」が問題になったからです。つまりコミュニティは、社会課題の解決にとって重要な概念であると同時に、個人が今日から始められる、最も身近な実践でもあります。

大きな仕組みを変える力はまだなくても、手の届く範囲で人が集まる理由をつくることはできる。そしてそれは、思っているよりずっと社会につながっています。

コミュニティの危険性・難しさにも向き合おう

コミュニティを扱う上で決して忘れてはならない視点があります。それは、コミュニティは、人を傷つけることもあるということです。

人の集合である以上、必ず内と外が生まれます。居心地のよさは、誰かにとっての居心地の悪さと表裏一体です。悪意がなくても -むしろ悪意がないときほど -場は無意識に人を選別し、排除し、傷つけます。

「いい場ができた」という手応えの裏側で、静かに去っていった人がいる。それに気づかないまま、次の企画を立てている。場をつくる人なら誰もが通る場所だと思います。

脅しとして書いているのではありません。この怖さの自覚が、コミュニティ観の一部だと考えているからです。

自分がつくる場は誰かを傷つけうる。それを戒めとして抱えたうえで、それでもなお人が集まる理由をつくる。この緊張感を手放さず、それでも楽しく場を乗りこなしたい人と、3ヶ月を過ごしたいと思っています。

ステートメントに書いた、この一節と同じ話です。

誰かのためになろうとしすぎると、自分の軸が薄れていく。 自分の世界観だけを押し出せば、そこは自分の部屋のままになる。 このねじれは、たぶん解けない。抱えたまま進むしかない。

見立てる、ひらく、ゆずる

プログラムは3つのフェーズで構成されています。これは、問いと実践が深まっていく順番として設計しました。

Phase 1|場を見立てる

やりたいことドリブン/尖らせる/問いをみつける

最初に向き合うのは、他者ではなく自分です。

9月27日の合同キックオフでは、他のLAB.の参加者も含めて一堂に会し、「私のやりたいは、どんな場になる?」をテーマに考えます。続くゼミ#1のテーマは「コミュニティはデザインできるのか?」。インプットのあと、実際の施設でフィールドワークを行い、人の動き、交わされる会話、その場で起きている現象を観察します。

ここで鍛えるのは、場を見立てる目です。同じ空間にいても、見えているものは人によって違う。何を見るべきかがわかると、世界の解像度が変わります。

そのうえで最初のホームワークとして、自分のやりたいことと観察で得た気づきをもとに、イベントを企画します。

Phase 2|場をひらく

人を集める/企画をつくる/物理的な場

ゼミ#2「良いコミュニティができるイベントってどんなイベント?」では、企画設計とプロジェクトマネジメントを扱います。数少ない、いわゆるHowに近いパートです。

そして、宿題として皆さんそれぞれが実際にイベントを開催してみます。

規模は小さくて構いません。3人でも構いません。頭の中にあった世界観を、現実の空間にひらいてみる。出力してはじめて、自分が何を大事にしていたのかがわかります。

Phase 3|場をゆずる

熱を伝える/関係性を描く/目的を再発見する/共に磨く

11月8日の1Dayキャンプで、実践から得たものを一日かけて振り返ります。

その後のゼミ#3のテーマは「この場を、誰と、どうやって続けるのか?」。

ここが、このプログラムのいちばん難しいところです。

自分の熱ではじめた場を、いつまでも自分の手で回し続けることはできません。続く場は、どこかの時点で他の人の手に渡っています。最初の一軒を建てた人が、二軒目、三軒目を建てる人に街をゆずっていく。ゆずるとは、手放して去ることではなく、自分の問いをみんなの問いへと開いていく作業です。

一度きりの「いい場だった」を、また来たくなる関係に変える。自分が招いた人同士が、自分の知らないところで話しはじめる。気づけば、誰かが勝手に次を企ててくれている。

その過程で、当初の目的が姿を変えることもあります。それは失敗ではなく、場が自分のものでなくなりはじめた証拠です。だから最後のキーワードは「目的を再発見する」であり、「共に磨く」なのです。

そのうえで、もう一度このプログラムで得た学びの集大成としてイベントを実行し、12月13日の最終成果報告会で3ヶ月を総括します。

期間中は、活発なコミュニティを運営している第一線のプレイヤーによるレクチャーとメンタリングを行います。企画パートナーであるASIBA自身も、YOHJOH kameido という場を拠点にインキュベーションとコミュニティづくりを実践しています。実践者がどのような問いを持ち、どう人を巻き込み、どう続けているのか。その内側を、できる限り開いてお見せするつもりです。

扱わないもの、扱うもの

扱わないもの

  • 集客数を最大化するテクニック
  • SNSアルゴリズムへの最適化
  • 「成功するコミュニティ運営の◯つの法則」のようなフレームワーク
  • 再現性が高く、わかりやすい正解

扱うもの

  • なぜ自分はこの場をつくるのか、という問いの深掘り
  • 場を見立てる目の解像度を上げるトレーニング
  • 自分の世界観を、他者が参加できるかたちに翻訳する作業
  • 実践 → 観察 → 言語化 → 再実践のサイクル
  • 続ける/続けないの判断も含めた、場との向き合い方

一緒にやりたい人

来てほしい人

  • やりたいことはあるけれど、まだ形になっていない人
  • すでに自分の場を持っているが、行き詰まっている人/もう一度あり方を捉え直したい人
  • 自分の偏りやこだわりを、消さずに持っていたい人
  • 答えが出ない状態に、3ヶ月耐えられる人

たぶん、合わない人

  • 集客の方法だけを知りたい人
  • わかりやすい答えを求めている人

実験室で、たくさん失敗しよう

Community Design-LAB. は、正解を示す場所ではなく実験室です。

インプットとアウトプットを繰り返し、たくさん試し、失敗し、改善する。参加者は、それぞれ違うテーマを持ちながら「人が集まる場をつくりたい」という共通の問いを持つ仲間として、互いの企画にフィードバックし合う関係になります。

私たちは3ヶ月が終わったあとも、この関係が残ることを目指しています。場をつくり続ける人にとって、同じ苦労を知っている仲間の存在は、どんなノウハウよりも価値があるからです。

そう、このプログラム自体もまた、コミュニティ形成の様子が見れる最前線の場「実験室」となるのです。

はじまりは、いつも個人的でいい。

あなたの「やりたい」から、コミュニティをはじめてみませんか。

正解を示す場所ではなく実験室だ


募集概要

  • 主催:東京都
  • 企画運営事務局:NPO法人ETIC.
  • 企画パートナー:一般社団法人ASIBA(代表理事 二瓶雄太)
  • 参加費:無料(会場までの交通費は自己負担)
  • 選考:申込後、書類選考を通過した方は面接を実施し、選考のうえ決定します

プログラム日程(すべて日曜日)

日程

内容

会場

9/27

LAB.合同キックオフ

Tokyo Innovation Base

10/11

ゼミ#1 コミュニティはデザインできるのか?

東京都内

10/25

ゼミ#2 良いコミュニティができるイベントってどんなイベント?

東京都内

11/8

1Dayキャンプ

東京都内

11/22

ゼミ#3 この場を、誰と、どうやって続けるのか?

東京都内

12/13

LAB.最終成果報告会

Tokyo Innovation Base

9月27日の合同キックオフは参加必須です。必ずスケジュールを確保してください。
※ 参加者の状況に応じて、内容が一部変更になる場合があります。

▶ お申し込みはこちら(応募締切:8月25日)