ASIBA
解築停留所 @高島第七小学校
STUDIOCREATIVE-WORKWORKSHOP

解築停留所 @高島第七小学校

# 廃校# 椅子# 標識# お譲り会# 死化粧# 生け取り
Duration2025.08
Director二瓶 雄太
Producer髙野 広海
Director, Media, Writer鏡 理吾
Engineer須藤 望
Production Staff佐野 陽菜, 山田ゆりか, 吉葉鴻貴, 古松千鈴
DesignerN from 研
Deconstruction Professionalヤムサ(山口 翔)
Exhibition Artist, Media林 英
Exhibition Artist, Photo西山珠生
Exhibition Artistマーシー, 増田 海音, 自由の魔女エル, 森岡 陽, 髙橋乙葉, Takumi Yoshida, 本多 栄亮, 二瓶 雄太, テイロ, 高橋龍, 小島幸代(株式会社RINNE), 彩冬, イワタアイリ, 木村明日香, 天宮, 山本 絵未里, 町田有理, 井上国太郎
Exhibition Partner半田地寛(二畳建築)
Installation Staff髙橋隆太, 村木詩歩, 石井奏士郎, 四方璃玖人, 豊田英杜, 竹田 樹生, 東野真人
Partner板橋区 まちづくり推進室 高島平まちづくり推進課, アーバンデザインセンター高島平(UDCTak)
Guest井上さん・小宮山さん・浅原さん・大島さん(板橋区), 波多野 真樹(板橋区副区長), 樋野 公宏(UDCTak・東京大学), 篭谷 奈央(time spot), 矢ヶ部 慎一(公共R不動産研究所), 勝亦 優祐(勝亦丸山建築計画), 瀬尾 夏美(一般社団法人NOOK), 鶴元 怜一郎(ねづくりや・株式会社都市テクノ), 本多 栄亮

解体を「終わり」と捉えたくはなかった

2025年8月、高島平団地[1]の一角に立つ旧高島第七小学校の解体が決まった。1979年に開校し2007年に閉校、それから18年間活用されないまま残っていたこの校舎は、一帯の都市計画のため来年度に解体される予定だった。

 ASIBA・板橋区高島平まちづくり推進課・ReLinkは、この解体を「終わり」と捉えたくはなかった。材とそこに宿る記憶を地域の中に受け継ぐこと、解体のプロセス自体を開いて多くの人が関わること。その構想を「解築停留所」と名付け、祭のように解体を進める計画をたてた。[2]

子供たちとアイデアを考える

ゆずる

まず、計4回の棟下式を開催した。第2回(7月)では、住民自身が階段の手すりを解体した。第3回(10月)では、材と備品の活用アイデアを世代を超えて描き合った。第4回(12月)では、お譲り会として材と備品を地域の人々に手渡した。

 「ここの先生に絵が上手って言われて、それで武蔵美に進んだんです。図工室の椅子、娘に持って帰ります」。そう話す母親。「プリンカップにするの。七小の記念として大事に使います」。ベランダからずっとこの校舎を眺めてきたという近所の女性。「まだ学校あるなって見てた。やっぱり寂しいですね」。昭和62年の卒業生が教育目標の貼り紙を手に取った。

 モノをきっかけに、本来交わることのなかった世代や立場の人々がつながる。場所が解体を前にした時、モノ記憶の語り口を引き受ける。[3]

[2]第2回棟下式(7月5日開催)では「手すり解体ワークショップ」や「記憶のカメラ」を用いた思い出のアーカイブ、家具の制作体験などを実施しました。卒業生など参加者の想いを伺いながら、校舎を使いこれから何が出来るのか本格的に考え始めました。
[2]第4回棟下式(12月13日開催)では校舎の材や備品を新たな使い手へと受け渡す「お譲り会」を実施しました。会場ではリユース品をきっかけにさまざまな思い出話が飛び交い、材やそこに宿る記憶を地域の中へと着実に受け継ぐことができました。

ほどく

2月13日、「べりべりワークショップ」として、地域住民やアーティストなど10人以上が集まり、校舎の床材を実際に解体した。指導を務めたのは明治から続く手ばらし解体の職人・ヤムサさん。道具の持ち方と姿勢から始まり、接合部の構造を理解した上で的確な位置に力を入れる。傷をつけずに部材を回収する「生け取り[4]」と呼ばれる技術だ。一般にイメージされるような破壊的な解体ではなく、部材を丁寧に「ほどく」ような、繊細な振る舞いがそこにあった。

 床を剥がすと、その下から別の床が現れた。重ねられた時間の断面だ。手を動かしながら、卒業生が当時の思い出を語り始める。林業の専門家が、使われている木材の樹種と来歴を共有する。馴染みのある建物をほどく行為そのものが、心の中にある自身の記憶との対話や、共同作業を通しての交流という、「祭」的な性格を帯びている。

床材を丁寧にほどく

泊まる

3月1・2日、アーティスト10組が廃校に集まり、一泊二日の「廃校アートナイト」を実施した。

 昼間に人がいた空間が、夜には違う表情を持つ。廊下の端まで見通せたり、教室の窓から外の光が差したり、暗がりの中で黒板の文字が浮かんだり。使われていたときには気にならなかった細部が、人がいなくなってはじめて見えてくる。アーティストたちは自由に歩き回り、座り込み、空間を探索した。

 アートナイト以降、多くのアーティストが繰り返し校舎を訪れ、最後まで作品を作り続けた。廃校に泊まることは、消えゆく場所と暫定的な共住関係を結ぶことだ。いなくなる前の建物と、いなくなるまでの時間を共にすること。

Takumi Yoshida「How can we normalize anti war activism」

消えゆく場所への応答

3月14日のグランドフィナーレで、14作品が展示された。

 マーシーは教室一室に死化粧[5]を施す。テイロは校内で拾い集めた門札や標識をベンチの表面に再構成する。森岡は給食室のシャンデリアのステンドグラスと教室の床材を用いて、過去から未来へと移ってゆく高七小のレガシーを表現する。自由の魔女は降霊の魔法陣を床に描き、参加者とともに校歌を斉唱する。企画者でもある本多や二瓶は、彼らが「サルベージ」と呼ぶ廃材の発掘と微加工のプロセスによる家具や装飾品に、値札をつけて販売する。あえて金銭という外的な指標で価値をつけることで、使用されていない校舎という物体の価値を問い直す。

[2]マーシー「最期のよそおい」
[2]本多栄亮「高七小の刻を繋ぐ時計」(¥7,000)

 目の前にあるリアルなモノや空間や人を直視して、どうしようもなく大きなうねりの中で小さな抵抗を続けているのが、解築停留所プロジェクトであり、それに賛同してくれたアーティストたちである。社会の論理を覆すことは簡単なことではないが、だからと言って全員がシステムに身を任せてしまうと多くのものが流されてしまう。消えゆく場所への応答。そこに紛れもないリアルがあり、ものと人が時間を過ごしていたという記憶を残す。それを弔い、次世代へと繋げていく。

 モノの価値が決まるのは、作られたときではない。誰かが何らかの関係を結ぼうとした瞬間に、価値は生まれ直す。この校舎の材は今、それぞれの場所で別の時間を刻んでいる。

[auto]アート作品として移設されるジャングルジム

プログラム概要

棟下式

  • 第2回棟下式 (2025/07/05)|「手すり解体ワークショップ」や「記憶のカメラ」を用いた思い出のアーカイブ、家具の制作体験など
  • 第3回棟下式 (2025/10/19)|校舎の材や備品の全く新しい活用アイデアを募るワークショップ
  • 第4回棟下式 (2025/12/13)|校舎の材や備品を新たな使い手へと受け渡す「お譲り会」

第1弾解築停留所

  • べりべりワークショップ (2026/02/13)|校舎部材の解体を体験する
  • 廃校アートナイト (2026/03/01-02)|アーティストたちによる滞在制作のキックオフ
  • グランドフィナーレ (2026/03/14)|高七小との最後のお別れの式典

第2弾解築停留所

  • 解体実践プログラム (2026/06/13)
  • アーティスト滞在制作 (2026/06/15-26)
  • 解築停留所 最終便 (2026/07/05)|作品展示、リペアワークショップ、行政ディスカッション

第1弾・展示作品

  1. マーシー「最期のよそおい」
  2. 増田海音「『魔女が見るASIBA #04高島平に建てたいものがある』より冒頭」
  3. 増田海音「『高七小47年間ありがとう』」
  4. 増田海音「校歌を、扉の余白に」
  5. 自由の魔女エル「降霊のための魔法陣」
  6. 森岡陽「Passage of Time」
  7. 髙橋乙葉「箱の中の教室風景」
  8. Takumi Yoshida「How can we normalize anti war activism」
  9. 林英「ダッツライフ!」
  10. 本多栄亮「高七小の刻(とき)を繋ぐ時計」(¥7,000)
  11. 本多栄亮「高島平の継(つぎ)の苗箱」
  12. 二瓶雄太「サルベージド・アクセサリー」(¥500)
  13. 二瓶雄太「 サルベージド・ライト」
  14. テイロ「昨日の記憶」