森林資源から抽出した木の香りをまとう、枝のかたちのクレヨン
机の上に、何本かの枝が転がっている。 手に取ると、ほんのりと木の香りがする。紙の上を走らせると、色が残る。 森ごとクレヨンは、精油の製造過程で生まれる副産物のオイルと蝋を原料とする画材だ。香りの素となる精油は、スギやヒノキなど日本各地の森で育つ木材の枝葉や木部から抽出される。木材として出荷されない部位に宿る油を、別の用途へと転用する。「実際に森で枝を手に取るような感覚」を目指して形が決まっていく。描く道具が、森の素材そのものの形をしている。 サンケイビルとの共同プロジェクトであり、秋葉原に建設する都市木造オフィス「KiGi AKIHABARA」に導入する。ノベルティでも装飾でもなく、手に取り、描き、香りを嗅ぐことで、林業のサプライチェーンと使う人を接続しようとした試みである。「都市と森をつなぐ」という建物のステートメントを、言葉ではなく素材の手触りとして体現することを問うたプロジェクトだ。

FIG.1
1-開発|2-協力|3-資材・開発協力|4-リサーチ・開発・導入|5-開発・デザイン・ワークショップ|6-開発・導入|7-将来的なビジョン:訪れる/関係する人が森に興味を持つ、足を運ぶ・繋がるシステムになる
DIAGRAM
1.開発
2.協力
3.資材・開発協力
4.リサーチ・開発・導入
5.開発・デザイン・ワークショップ
6.開発・導入
7.将来的なビジョン:訪れる/関係する人が森に興味を持つ、足を運ぶ・繋がるシステムになる
私たちがつくっているのは、枝状の、自然由来のワックスと精油をベースにした香りのするクレヨンだ。描画に特化したいわゆる「画材」とは毛色が違う。装飾的な色と有機的な形状を前面に据えつつ、香りを主役にしている。だから魅力は実際に使うまで伝わりづらい。低年齢向けの可愛らしい見た目だが、つくるのは難しかった。
道のりは、モデリング→3Dプリンタで出力→シリコン型取り→材料を湯煎して型に流し込む→冷えて固まれば完成、と進む。その一つひとつが、いかに合理と非合理[*1]の行き来だったかを記したい。

FIG.2 和歌山の森林にて
頭の中で「枝らしいとされる枝」を描きながら、まず有機的な形状へ寄せた。一度デフォルメして崩し、最後に複数の樹種の枝を観察して写実側へ寄せ直す。「合理的な手段で、非合理な制作プロセスを合理化しながらたどる」とでも言えばいいのか。過去の経験と自分の感覚を頼りに取捨選択した。
3D形式として、CG寄りで大らかだが再現性の低いSubD[*2]を採用した。再現性を捨てて有機性を取りにいったが、粘土のように直感的にいじれるぶん、試行回数を短時間で稼げた。おかげでPC画面上には、違いのよくわからないイマジナリーな枝が大量に転がっている。

FIG.3 モデリング画面

FIG.4 香りの素材
型取りは、多くの素材を組み合わせる高度な技だ。型枠に油粘土を半分の高さまで敷き詰め、離型剤(シリコンオイル)を塗った3Dモデルを「半分程度」埋め込む。液状シリコン[*3]を流し込んで硬化させると、その高さが分割線になる。裏返して油粘土を取り除き、もう一度流し込めば、上下二分割の合わせ型の完成だ。
時間との勝負で、亀戸の開発拠点だけでなく私物の3Dプリンタもフル稼働させた。その時のフィラメントで出力したため、図らずもさまざまな色合いのマスターモデルが集まった。型に色は要らないが、脱色されていないモデルが、ささやかな賑やかしになっていた。やっていることは工業デザインであり、クラフトであり、デジタルファブリケーションでもある。まだ見ぬクレヨンを生み出すため、これら全てが同じ作業台の上にいる。

FIG.5 シリコン型取り

FIG.6 合理と非合理の狭間で
素材をすべて蜜蝋など自然由来の材料にしたことで、クレヨンは当然折れやすくなった。一度非合理化したものを製品として成り立たせようと、配合比や節の位置、径を微調整し、合理化へ必死にUターンしている。
せめぎ合う「綱引き」と言いたくなるが、しっくりこない。直線上で引っぱり合うというより、振り子を揺らすように行き来しながら、その振れ幅の中で必要な要素を拾っている感覚だ。どちらにも振り切らず行ったり来たりすることが、本プロジェクトに必要なデザインプロセスなのだと思う。
色は光の波長でありスペクトルであり、光源の演色性にも左右される。屈折や反射、透け方ひとつで、色と認識するものは刻々と表情を変える。いわゆる「単色」に見えても、まったく同じ表情を二度と見ることはできない。
着色そのものは装飾的だ。顔料を紙へ擦りつける基材なら、素材は石灰でも何でもいい。描画に特化させたプロダクトではない以上、色なんて呼び水でしかないと当初は感じていた。ところが蝋や天然油の基材、精油の香りが混ざるにつれ、視覚と嗅覚がにじみ合い、共感覚的で強烈な印象を帯びてきた。色には、他の感覚を巻き込みながら自然と手前に出てきてしまう推進力、訴求力といった「強さ」がある。

FIG.7 さまざまな色を持つ葉っぱ
家電や自動車など、製品に施されるCMF[*4]は、老いていくはずの色や素材の風合いを加飾要素として固定化し、魅力的に見せる手法だ。変化を凍らせてしまうという点で、CMFとは老いそのものを脱色する技術であると言える。
ところがクレヨンのように、化学合成物として内部と表面が一体になったモノ(ほぼモノマテリアルなモノ)は、この恩恵を受けにくい。私たちが作っているクレヨンは配合素材の特性上、放っておけばブルーム現象[*5]、いわゆる白化を起こす。一般的なクレヨンのように石油系ワックスを使わず、塗膜で封じることもできないので老いは止まらない。CMFが老いの上から「写真」を貼るのに対して、このクレヨンは老いの「ライブ中継」を手放さない。自然素材に宿った色は生きていて、やがて老いていく。色も香りも、失われていく刹那性を楽しむことこそが、「都市と森をつなぐ」デザインが持ちうる、最も正直な態度だと思っている。

FIG.8 黒地に赤の斑紋をもつアカハライモリ

FIG.9 緑・青の構造色をもつルリセンチコガネ
CREDIT
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